私が開院した理由

中学生まで私は身長が低く、いつも周りより自分は劣っている人間なのだ、と思っていました。
小さいので、クラスでも足が遅い。小さいので、ドッチボールのボールも弱い球しか投げられない。
小さいので腕相撲も誰にも勝てない。そんな15年を生きてきました。
高校生から段々と身長が伸びてきて、それなりに運動でも負けなくなり、友人に誘われて体操同好会へ入りました。
そこで、膝や腰を痛めてしまいました。
腰痛は、その後もずっと続きました。かといって病院へ行くほどでもなく、痛いことが普通、という状態でした。
進路、どうしよう?という時期に、親戚の叔母さんに鍼灸学校をすすめられました。
そのままなんとなく入学試験を受け合格。そして、さいたま市から静岡県熱海市へ引っ越すことになりました。
熱海で始まった学校生活、一人暮らし。温泉の街、観光の街、坂の街、しかも海がある!さいたま市とは全く違う環境は刺激的で楽しかったです。
クラスの友人に誘われて、三島市の治療院の見学に行きました。友人は交通事故で半身不随になりましたが、鍼灸治療で回復。そして、自分も学ぶために鍼灸学校へ入学していたのでした。
先生の話をおききして、自分も勉強の為に治療を受けることにしました。
治療だけでなく、生活の注意点などもご指導いただきました。
3年間の学業を修め、無事卒業。そして国家試験も合格。鍼灸マッサージ師としてスタートしました。
卒業後は、母校の臨床実習室で実践を積むことになりました。
また実技授業の助手もさせていただきました。

2年間で実習を終了し、学生の時から治療を受けていた鍼灸の先生のところでお世話になりました。
そこでは給料がでないので、半日アルバイト(早朝から12時か13時まで)それから半日研修と、いまでは考えられないくらいハードな生活でした。
熱海で5年、三島で3年間暮らしました。
そして湖西市へ
はまな鍼灸院として2011年にスタートしました。
はじめは鍼とお灸を中心に施術しておりました。
毎週土曜日は、愛知県蒲郡市にある叔母の治療院で研修。
また毎月東京へ指圧の勉強へ行っていました。
東京の勉強会で、アキ先生と出会いました。
2005年結婚、2007年愛知県岡崎市の吉村医院にて長男が産まれました
2009年吉村医院にて長女が産まれました
2013年愛知県豊橋市のふたば授産所にて次男が産まれました。
妻の妊娠・出産はとても勉強になりました。
妊娠中や産後だけでなく、日ごろの体調管理の大切さがよくわかりました。
年子でしたので、育児は大変でした。長男はとくに手のかかる子で
アキ先生はいつも疲れていました。
子を授かると出産がゴールのような気持ちになりますが、
本当に大変なのは、産まれてからです。
子どもが生まれてから、関係がおかしくなる夫婦は奥さんのケアができていないからだと考えています。
そこで男の力量が試されるんですね。
育児の苦労は終わりがありません。どうしても母親に負担がかかりがちです。
その負担を少しでも軽くしたい、と思いました。
疲れると余裕がなくなります。すると家庭の雰囲気が悪くなります。
家庭の雰囲気が悪いと、それは社会にも影響します。
女性が元気であることが、どれだけ世の中にいい影響を与えるのか。
これを私はすごく感じています。
ですから、日本の女性を健やかに元気にしたい、と願っています。
この気持ちで日々施術にあたっています。

アトピーから元気なお肌と体に生まれ変わる!ナチュリカ湖西療術院
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